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Course 観光コース紹介

観光コース紹介

おすすめコースをご紹介いたします。

おすすめコースA 基本コース1

基本コース(30分コース)

はじめて海野宿に来られた方に、基本的な30分コースです。
海野宿第2駐車場から白鳥神社までのコースです。

海野宿第2駐車場から北国街道(宿場)へ歩く 

西枡形付近より白鳥神社(東枡形)を望む。東西にまっすぐな道が北国街道で、その両側に建物が並び海野宿を形成している。

江戸時代からの建物を見る

2軒、元茅葺屋根の江戸時代の建物。(旅籠)

滞在型交流施設「うんのわ」見学

現在の滞在型交流施設の「うんのわ」である。種屋として栄えていたころの屋敷が残っている。東御観光協会の管理で、東御市地域おこし協力隊員3名が駐在している。現在は無料休憩所、トイレ、土産物、喫茶ができる。

海野宿に4軒しかない妻入り建物を見る。

通りのほとんどの建物は、街道に対し平行に建てられている。海野宿内では、4軒しかない切妻屋根の妻入り建物である。棟と街道と直角に通し、三角の屋根が見える。

江戸時代の旅籠屋を見る

 出し梁造、梁の先端に木鼻が彫られ、また 刳形の渦文が彫られている。隣家は、明治26年の建物であるが、二階の窓枠は時代より新しさを感じさせる。

海野宿本陣跡を見る

本陣 寛永12年(1625)参勤交代制が定められると、諸大名が多人数の家臣団を伴って江戸と領国との間を往復するようになる。その際、大名の休泊施設として宿場に設けられたのが本陣である。
 本陣の建物は現在はない。この建物は問屋を務めた藤田氏の物置長屋門。

本陣前のつし(逗子)2階建て(なつかしの玩具館)を見る(入館はしない)

 江戸時代のつし2階づくりの建造物が並んでいる。隣家と壁1枚でつながり、屋根も繋がっている。また、民家のうち、城下町などの町や街並みを形成している敷地の建てられたものを総称して町家と呼ぶ。町家は、ふつう母屋の棟を街路と平行に通し、(平入り)主屋の屋根と庇を二重に出し、物置の使われる低い二階を備えている形式が多い。

本梲(うだつ)のある旅籠屋(江戸時代)を見る

出し梁づくりであり、梁の先端(木鼻)は加工され、刳型ある。木鼻には、白い塗料が残っているか。  海野格子の出格子を支えるもちおくりには渦文の彫刻がある。

元旅籠屋造り、厩を併設した造りの海野宿民俗資料館を見る(入館はしない)

資料館内は、江戸時代の面影を残す旅籠屋造りのお座敷や、庭には養蚕・蚕種関係の建物や展示がある。また、中庭には1石五輪塔が置かれている。母屋には、郷土史関係の「中海野村耕地全図」「文化4年(1807)海野宿家並名前書付」、地獄沢古墳から、海野氏の系図、出土した馬が関置物等の貴重な史料が展示されている。

白鳥神社参拝でゴール

 もと白鳥大神と称し、安政5年(1585)海野神社と、明治13年(1880)11月白鳥神社と改称許可される。祭神は日本武尊、合祀貞元親王、善淵王である。建久2年(1191)海野幸氏社殿を今の地に遷したと伝えられている。 
※慶長5年(1600年)12月13日、関ヶ原合戦で西軍に味方した真田昌幸・信繁父子は西軍が敗れたことにより幽閉される高野山へ出発する。12月26日真田信之が社領30貫500文の土地を寄進する。上小地域の寺社で信之がいち早く社領を安堵したのは白鳥ですね。

おすすめコースB 基本コース2

基本コース(60分コース)

海野宿をじっくり見て回りたい人。なつかしの玩具館や海野宿民俗資料館も見学したい。
<只今準備中です>

おすすめコースB 基本コース2